そふとどりんく・とーく 第3回

 地方の時代の終わりに

 母校の高校が来年創立六十周年という手紙
をもらった。ふと通っていた当時の事をあれ
これ思い出してみた。(と言っても結局清涼飲
料水の事を真っ先に思い出してしまうのであ
るが)

 校門の前にあったパン屋でいろいろジュー
スを売っていた。その中でも「パンプル」と
いうグレープフルーツ味の瓶入りジュースは
思い出深い。なぜかと言うと、「生徒会御用
達飲料」だったからである。体育祭の障害物
競走では、必ずパンプルの一気飲みがあり、
大量に会場へ運ばれていたものである。当時
パンプルを製造販売していたのは新潟市内の
菊栄飲料というメーカーだったと記憶してい
る。他にも「キクエシトロン」というサイダ
ーがあったと思う。

 ジュースのコレクションを始めた頃、パン
プルを買いに行ったことがある。ところが、
メーカーが菊栄飲料ではなく、見附市の西川
飲料というメーカーだった。電話帳で菊栄飲
料を調べてみても載っておらず、倒産したの
か廃業したのか、よく判らないがちょっと気
になった。結局どうなったかは調べていない
のだが。

 現在よりも交通網が発達していなかった頃、
食品というものは工業製品でも消費地の近く
で生産されていた。キリンビールも、工場は
新潟には無いのだが(新潟県限定ビール「じょ
んのび」は高崎工場製)、今ではビヤホール
になっている万代橋たもとの倉庫で瓶詰めだ
けは行っていたという噂を聞いたことがある。
 現在では北海道名産品になってしまったガ
ラナ飲料も、紫雲寺町に製造工場が存在した。
昭和四十年代初めにはテレビコマーシャルが
流れていたのを見たことがあるので、当時は
コカ・コーラに負けず劣らずくらいの勢力だ
ったのではないかと思う。

 つまり、交通網が未整備のため生産地を消
費地の近く(もしくは同じ)にせざるを得なか
ったこと、通信網も交通網と同様、整備が遅
れており、情報が全国均一にゆきわたらなか
ったことが、近代における食文化の違いを生
み出していたのだと思う。
 しかし、高度経済成長と日本列島改造論に
より交通網と通信・放送網が整備され、どこ
に工場があっても容易に輸送できるようにな
ったこと、東京のテレビ番組が日本いたると
ころで見られるようになって、食文化は大き
く変わったのではないか。
(よく考えたら、道路網と放送網、どちらも田
中角栄のおかげですね。どちらかといえば土
方政治の代表のような田中角栄だったが、通
信・放送に関しても先見の明があったことは
この原稿を書くまで気づかなかった)

 主食もコメからパンに、カップ麺、ファー
ストフード、スナック菓子など、日本全国ど
こででも同じ物が食べられるようになった。
ジュースも瓶入りから缶入りになり、他の食
品と同様、全国で同じ物を飲むことができる
ようになったのは言うまでもない。昔はコカ
・コーラの出している「ファンタ」までもが
地域によって販売している味の種類が異なっ
ていた。オレンジ、グレープは全国にあるが、
その他の味(たとえば、レモンやストロベリー
など)は、販売している地域が限定されており、
「俺はこんな味のファンタを飲んだことがあ
る」というのが、懐かしのジュース話になっ
た時によく出る話である。しかし、地域によ
るファンタのバリエーションも平成三年をも
って姿を消した。

 情報も口コミからマスコミから得るほうが
多くなった。地方の泥臭い宣伝よりは、都会
の洗練された宣伝に目が行くのは当たり前で
ある。ましてテレビは子供たちの為にあるよ
うなものだから、テレビに出ている物を子供
が欲しがるのは当たり前である。
 また、コンビニの普及も一因だと思う。基
本的にコンビニは全国同じ物しか売らないわ
けで、新潟のコンビニだからと言って「ポッ
ポ焼き」を置いてある大手コンビニはまず無
いだろう。(万が一見かけたら当方までご一報
を)

 バブル華やかりし頃、「地方の時代」とい
う言葉を聞いたことがある。その言葉はバブ
ル崩壊とゼネコン(およびゼネコン政治)の凋
落で全く聞かなくなった。しかし、今まで書
いた事柄から、近代食文化における「地方の
時代」、すなわち食における地方の特色は、
バブルの前に消えてしまったのではないか。

 現在「地域限定品」と称して、ビール、清
涼飲料水、お菓子など各種の食品に地域限定
品が出ており、時々テレビや雑誌をはじめと
するマスコミで話題になっている。しかしそ
れらは大手食品メーカーが仕掛けたものであ
り、決して販売地域の風土風俗からアイディ
アが出てきたものばかりではないのにお気づ
きであろうか。

 「名ばかりの地域限定品」にマスコミや一
部の人間たち(まあ、私もその一人だが)が踊
らされているだけなのである。

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